俳優の渡哲也訃報、芸能人の方々のコメントまとめ

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俳優の渡哲也さんが亡くなりました。日活の匂いのする俳優さん、女優さんの訃報は、映画ファンには寂しい限りです。

渡哲也とつながりのある方々がコメントを寄せていましたのでまとめました。

黒柳徹子

「渡哲也さん。なんて、悲しい。渡さんには、『徹子の部屋』に7回御出演いただきました。いつもすてきなたたずまいで、本当にお優しい方でした。お会いするたびに、私は、うれしく思っていました。石原裕次郎さんと共演した時のエピソードをお話しくださった時に、涙を流していらしたのが印象に残ってます。ご冥福を、お祈りいたします」

(日刊スポーツ)

北島三郎

「不思議と仕事上では共演したことはないのですが、裕次郎さんの時代からのご縁もあり、昔から個人的に親しくさせていただいていて、自分としては兄弟のように思っていました。俳優としてはもちろんですが、なにより人間として素晴らしく大好きな方でした。最近は体調がすぐれないと聞いてはいましたが、早すぎる友の旅立ちに深い悲しみと寂しさで胸がいっぱいです。心よりご冥福をお祈りいたします」

(日刊スポーツ)

上戸彩

2009年放送のテレビ朝日系スペシャルドラマ「結婚」で渡さんと共演し、親子を演じた。

「悲しみの中、まだ現実を受け入れたくない、という思いでいっぱいです。共演させていただいてから年に数回電話でお話させていただいてまいりましたが、いつも温かい言葉をかけてくださり、その度に渡さんの優しさに救われていました。本当にありがとうございました。私にとってこれからもずっとずっと大切なお父さんです。心よりご冥福をお祈りいたします」

(日刊スポーツ)

吉永小百合

渡哲也(享年78)と66年の映画「愛と死の記録」で初共演以降、親交が深かった。00年「長崎ぶらぶら節」以後、映画での共演はなかったが、00年まで3年オンエアされた宝酒造「松竹梅」のCMで近年は16、18、19年に共演している。

「夏の海が大好きだった渡さんは、泳いで泳いで(実弟の)恒彦さんのところに行ってしまったのでしょうか。大きな病気を何度も乗り越えてこられたのに残念です。ご冥福を心からお祈りいたします。吉永小百合」

(日刊スポーツ)

高橋英樹

年齢は2学年下で、デビューは4年先輩。60年代後半に斜陽期にかかった日活を、ライバルとして同僚としてともに支えた。

「突然の訃報に、大変驚きました。私の中では、いつも元気な彼の姿しか思い浮かびません。共に日活映画時代の青春期を過ごした仲間。哲! 早すぎるよ! お疲れさま! の言葉しか見当たりません。ご冥福をお祈り致します」

(日刊スポーツ)

みのもんた

40年来の交流があったキャスター、みのもんた(75)は、1週間前に電話で話したことを明かした。

「僕にとって大切な兄でした。とてもショックです。『バカな弟が心配だ』と言って、僕のことをいつも気にかけてくれた。1週間前に話した時も、酸素吸入しながら呼吸がつらそうで、しゃべるのが苦しそうだった。僕はちゃんと家にいるから電話はもういいよと伝えたら、『家にいるといってもチョロチョロするのがお前だから』って笑って。本当に優しい人なんです」。

出会いは41年前。みのが文化放送を退社し、フリーになった時だった。それぞれ別のグループで銀座のクラブを訪れた際にあいさつを交わした。

「渡さんはそうそうたる方たちと一緒でした。こちらはフリーになったばかりのラジオアナウンサー。ほかの方たちはみんな座ったままだったけど、渡さんだけ立ち上がって、『1度お会いしたかったです。渡です』って。惚れちゃうよね。緊張したけど、本当に感激した」

月に1度の電話を欠かさず、毎年夏には箱根でゴルフ合宿をした。8年前、みのの妻、靖子さんが亡くなった時には、葬儀の日程を外し、わざわざ夫婦で鎌倉の自宅にお悔やみに来てくれたという。

「奥さまが『恥ずかしくないから泣いていいのよ』って。あそこは夫婦そろって素晴らしい人たちなの」。また「僕の家に来て『くちなしの花』を歌ってくれたこともあったし、料理が上手であれこれ作ってくれたこともある」と懐かしんだ。

体調が優れない中でも、いつものように最後の電話をくれたことに。

「どこまで優しい兄貴なのかと」と語り、「まだ心の整理がつかないけれど、話ができてよかった」

(日刊スポーツ)

宍戸開

渡哲也は今年1月に亡くなった宍戸開の父、錠さん(享年86)の弟役で68年に日活デビュー。2人は日本テレビ系「大都会」、テレビ朝日系「西部警察」で共演するなど縁が深かった。

「また一人日活俳優がなくなりました。慎んで♯渡哲也さんのご冥福をお祈りいたします」

(日刊スポーツ)

山中秀樹

元フジテレビのフリーアナ、山中秀樹(61)はツイッターで「以前、渡さん行きつけのイタリアンのお店に夫婦で通うようになり親しくさせていただいた」と交流を明かした。

「フリーになった時、お祝いの花まで頂き、私がレギュラーだったTBSラジオにも『山中さんのためなら』と出て下さった。多分、最後のラジオ出演のはず。ギャラも辞退され、恐縮した。合掌」

(日刊スポーツ)

塚地武雅

お笑いコンビ・ドランクドラゴンの塚地武雅(48)は2007年にドラマ「おいしいごはん」で渡さんと共演していた。

「師弟の役でご一緒させていただきました。椅子を手刀で割るというシーンで、本番、いきなり頭で割る姿を見て驚きとサービス精神と漢気を感じ、プロだ!僕もこうならなきゃいけない!と思ったのを覚えています」

 ユーモアも感じた。

「ある日、渡哲也さんに前室で『塚地君、ちょっと!』と呼ばれ、僕のお芝居が良くなかったのか…?怒られると思いながらむかうと、新聞のミス・ユニバースの各国の代表の写真を見せて『塚地君はどの子がタイプ?』と。茶目っ気たっぷりの面白い方で」

「近くでいろいろ見せていただいたことは勉強になることばかりで忘れません!謹んでご冥福をお祈り申し上げます!」

(中日スポーツ)

高橋克典

ブログを更新、渡さんとの写真を添えて「心よりご冥福をお祈りします」と悼んだ。

(スポーツ報知)

中野英雄

インスタグラムで「渡哲也さん ご冥福をお祈りします 大好きでした 初めてお会いした 銀座の夜は忘れません」と追悼した。

(スポーツ報知)

私が渡哲也で印象に残っているのは、

①NHK大河ドラマ「秀吉」の信長役

②大河ドラマ「勝海舟」主演を病気により降板

③西部警察の大門

④とんねるず生ダラで「哲」呼び捨て石橋へのドッキリ

⑤「くちなしの花」のヒット

そして、石原裕次郎入院時の献身と軍団統率力が印象に残っています。

人生の後半は、病気との戦いでした。

ご冥福をお祈りします。


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