#357日前 「責任は私にある」の鑑(かがみ)

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リモート会議が始まった

8つあるうちの一つのモニターは消えていた。残り7つの画面にそれぞれの顔が映っていた。私を含む7人のうちの6人が通勤着に人間の顔で久々の会議の日を迎えたが、1人はバスローブにタコ星人の顔のままだった。4月7日の緊急事態宣言以降、1ヶ月半以上、家に閉じこもり、ずっとタコ星人の顔姿で過ごしていたため、人間の時の姿や顔を忘れたと言うのだ。元の顔は、「ずん」の飯尾和樹みたいな顔だったと皆が教えてあげた。

そいつはグーグルで画像を調べ、スーツを着用し、飯尾みたいな顔に直したが、どこか微妙に違う。似ている、似ていない、という問題ではなく、何かが変だった。ちょっとハンサムになっている。ハンサムだから飯尾っぽくないのだろうか。それにしても、タコ星人は自分の顔をどんな顔にしても自由なのだが、飯尾って・・・

午前9時、「CSK(地球征服会議)商会」小樽支部のリモート会議が始まった。本日の議題が、誰の顔も映していないモニターで発表された。その瞬間、モニターの7つの顔のうち、私を含む6つの顔が同時に驚いた。「えっ!」「おおっ!」「なにっ!」「うそっ!」「ふーん!」「所長は?」と言ったみんなの声がざわめきになった。いつもは1つの議題(地球征服)しかないが、本日は、所長がこの場にいないうえ、議題が4つもあった。

①新所長の発表と意見交換

②前所長の最後の言葉と意見交換

③新入社員の紹介と意見交換

④地球征服に関する意見交換

新所長の発表と意見交換

「お静かに!」
そう言葉を発したのは、今日の議題に唯一驚かなかった所長秘書だった。安藤サクラ似のタコ女だ。飯尾似の男にもおかしさを感じたが、この秘書の顔やバストアップの姿にも違和感があった。1ヶ月半会わなかっただけで、こうも何かが変わるのだろうか。タコ星人であり、それぞれが好きなものの顔に似せているから、その日の気分で顔の作りがブレるのはよくあることだ。だが、秘書は、顔は安藤サクラ似のままだったのだが、何かこう平体がかかったかのように横幅が増えたように見えた。モニターのせいなのだろうか?

「皆さんの中に所長はどうしちゃったんだって思っちゃってる人がいちゃってるかもしれないけど、所長、女を愛しちゃって、その場で食べられちゃって、亡くなっちゃいました」
この言葉に、3つの驚きがあった。ひとつは、所長が亡くなったこと。ひとつは、所長が異性を愛したこと。ひとつは、所長には地球人の奥さんがいたのに、別の異性を愛してしまったことだ。えっ、ちょっと待って。と言うことは・・・私は珍しく混乱した。今、秘書は、「その場で食べられちゃって」と言った。すると、所長が愛したのは、地球人ではなく、タコ星人ということになる。私はズバリ尋ねた。

「誰に食べられたんですか?」
「あたし」秘書が即座に答えた。照れと色気が絶妙にまじった声で、「あたしが食べました」と言った。
「えっ!」「えっ!」「えっ!」「えっ!」「えっ!」と秘書以外のモニターの6人が驚く。
「どこで食べちゃったのですか」そう聞いたのは、浜辺美波似のタコ星人だった。可愛らしい。この女は一年に何度も顔を変えている。ステイホーム前は、みちょぱで、不評だったため3時間でゆきぽよに変えた。
「もちろんベッドの上です。彼があたしを愛しちゃったので、全部残さず食べちゃいましたぁ~」
「秘書さんは」とミナミちゃん。
「所長です」
「えっ」
「食べちゃったもの勝ちというか、今日からあたしが新しい所長になりました。そこんとこ、よろしくね」
 それに関しては、私を含めて、一同気にならなかった。前所長が食べられたのなら、変わりが必要だったからだ。所長なんて、別になりたいポジションではなかったし。
「所長は存命。と言うことは、所長は前の所長を愛していなかったのですか」と続けて美波ちゃん。
「ぜんぜん。だって、ほら、愛しちゃったら、食べられちゃうじゃない。食べられちゃうって、死んじゃうってこと。死んじゃったらワンピースの続き、見れないじゃない。愛さなければ永遠に生きられるのに、愛するなんて、馬鹿よ。愛がなくったって、男をとりこにすることはできるわ。美波ちゃんも、そういうこといずれわかっちゃうから。大人って、楽しいよ」と新所長はニッと笑った。

(愛しちゃったら、食べられる。タコ星人の習性については、下記のブログで予習しておくか、または本ブログを読んだ後にお確かめください)

前所長の最後の言葉と意見交換

「次の議題、前所長の最後の言葉をお伝えしちゃいます。食べられる直前、所長はあたしにこう言いました。【責任は私にある】と」
「おおっ」
一同、声を上げる。
「【責任は私にある】と言いながら、部下が決めたことだ、あたしはそれを了承しただけだ、と言って全然責任とらない人いるじゃん。普通の偉い人はさ、【責任は私にある】と言った以上、絶対、部下のせいにはしないよね。責任とるつもりないなら、【責任は私にある】なんて言わなきゃいいのにね。その点、前所長は立派だったわ。【責任は私にある】をちゃんと最後の言葉にして、あたしに食べられたのだから。まさに、【責任は私にある】の鑑(かがみ)だわ」

私は新所長の話を聞きながら「みなさんと会えるのはこれで最後になるかもしれません」って、ステイホームが始まる前の4月に、前所長が会議の席で言っていたことを思い出した。その時から、【責任は私にある】の覚悟ができていたのだろうか。しかし、【責任は私にある】この言葉は誰に向けられた言葉だったのだろう。我々か。奥さんか。新所長か。それとも、ただの自己満足か。それによって、意味合いが違ってくる。

「【責任は私にある】って、奥さんへの遺言ですか」質問したのは、飯尾似の男だった。
「奥さん? あんた、バッカじゃないの。奥さんは関係ないから」
「じゃあ、【責任は私にある】は誰に対しての責任なんでしょうか?」
「そんなの知らないわよ。自分で考えてよ、前所長は誰のせいにもしなかったんだから、それでいいじゃない。ね、そうして。時間ないし、ほら今日、議題が四つもあるから」
私も飯尾似男と同様に知りたかった。ほかのみんなも知りたかったと思う。【責任は私にある】こういう大事な言葉が、うやむやになるのは嫌だった。しかし、そんなことがどうでもよくなるようなことが、次の議題で起こったのだ。

新入社員の紹介と意見交換

「次、新入社員の紹介。あたしと前所長の間で進めていたんだけど、CSK商会って、タコばっかじゃん。タコばっか集めたってさ。たいした意見出ないし、新しい血を入れないといつまでも地球征服できないと思っちゃってさ。それで新しい子、入れることにしたから。よいしょ」

新所長が何かのボタンを押すと、議題を映していたモニターに女が現れた。人間の女だ。いや、同じタコ星人か。その女は、私が近頃お気に入りの、「中村アン風」の女だった。むろん、本人ではないので微妙に違うのだが、私の好みのタイプの女だ。世の中には、学校へ通うのを、職場へ行くのを、楽しみにさせてくれる女がいる。そういう類の女だった。
「初めまして。中村アンに似ているからアンって呼んでください」と女は言った。本人もそのつもりらしい。
「なんとまあ、きれい娘さんじゃありませんか」飯尾似の男が食いついた。
「イイオ、あんたさ、ほれちゃったら、3秒で死ぬよ」新所長が脅した。
私はどきりとした。妙な胸騒ぎがした。この女には、【愛】すなわち【死の恐怖】を感じる。無視しようとしたが、リモート会議でモニターにずっとアンの顔が映し出されているもんだから、新入りの女をずっと見続けてしまった。

地球征服に関する意見交換

「次、最後の議題。地球征服について、意見のある人。いない? いないね。ではそういうわけで」新所長が会議を終わらせようとした時だった。
「ちょっと待ってください、私、地球征服の方法を考えてきたんですけど」とアンが口を挟んだ。すると、
「あっ、あんたには期待はしてるけど、そういう張り切り、いらないから」と新所長はきっぱりと言った。一同、「おおっ」と声を上げ、拍手を送った。
「意見がないようなので、会議を終了しちゃいます」新所長は席を立った。その時、私は新所長の腹が大人一人分膨らんでいたのを見逃さなかった。妊娠ではない。愛された異性を食べたあとに太る「愛され太り」の症状だった。前所長は消化しきれず、まだ腹の中にいるようだ。【責任は私にある】この言葉が腹の中からむなしく聞こえてくるようだった。

私は下半身をタコ星人のままの状態でワイシャツのネクタイを緩めながら、食べられたら、死んじゃったら、何事も終わりなのだ。誰も愛するもんかと、改めて肝に銘じるのだった。


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