「なんとなく、クリスタル」1980年が懐かしい、お気に入り注釈15選

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なんとなく、クラシテル。そんな若者が増えていないか

1981年に出版された、田中康夫の「なんとなく、クリスタル」(河出書房新社)という小説がある。1980年6月の女子大生の”青春”を描いた作品である。もう40年前のことだ。

その40年前に青春時代を過ごした方はもちろん、現在、青春時代を生きている方にぜひ一度読んでいただきたい。そして、女性でも、男性でも、誰でも構わないから、同様の小説を書いてほしい。

同様の小説というのは、「注釈」付の、いわゆるカタログ小説のことを指す。「なんとなく、クリスタル」には、実に442もの注釈が付いている。このご丁寧な注釈が付いているおかげで、当時の若者風俗文化を今も知ることができる。

当時、イケてる女子大生は、どういう服を着て、どういう音楽を聴き、どういう場所で遊んでいたか。1980年という時代の貴重な資料になる。

私が注釈付きの小説をできれば若い学生に書いてほしいと望むのは、今の若者の実態が見えないからだ(新しい音楽も、ブランドも、ファッションも、店も、用語もちんぷんかんぷんだ)。ネットで調べれば、それらしい答えは見つかるかもしれない。しかし、本当だろうかと疑ってしまう。

私は、日本の、若者風俗文化に興味がある。太陽族、みゆき族、アンノン族、クリスタル族、バブル族(世代)・・・など、時代と共に様々な若者風俗文化が生まれたが、バブル以降、それらしいものが生まれていないように思える。若者は風俗文化もスタイルも、もはや何も生み出せない者らになってしまったのだろうか。

既存のものへの反発、古臭いものへの反抗など、があってこそ、新しい風俗文化が生まれ、さらに新しい遊びのツール(ウオークマンのような)が生まれると思っている私には、今の時代が非常に物足りなく感じる。

文芸賞受賞、芥川賞候補になった「なんとなく、クリスタル」

「なんとなく、クリスタル」は文藝賞の受賞作品で、文芸評論家の江藤淳が激賞した。当時賛否両論があった。小説の帯にあったポパイ編集長の木滑良久氏の評が、一番的を得ている

「風が匂い、音楽がきこえ、いきいきと街が見える。そして何よりも時代のときめきが描けるフレッシュジェネレーションの登場に拍手を送りたい」

文芸賞受賞作品であるから、小説本文がしっかり書けていないと一次予選すら通らない。しかし、この小説を読むと、「小説本文を補うために注釈を付けた」というより「注釈を付けたかったので本文がこうなった」ように思えてならない。

実際はどうかわからないが、そう断定しても良いだろう。なぜなら、文芸賞を受賞し、芥川賞候補になったのは、この注釈があったからに他ならない。

注釈は「ファッション」「ブランド」「音楽」「大学」「ショップ」「街」など、小説本文に添って実に幅広いジャンルに及んでいる。1980年という時代に関心がある方はこの注釈を読むだけでも当時のことがわかり、楽しくなるかもしれない。

1980年の若者が、東京がわかる、お気に入りの注釈15選

私も今回改めて442の注釈を全部読んだ。その中で、私が選んだお気に入りの注釈15選を紹介する。

※●の前に付いている数字は、原文に従っている。順序不同

90●J・Jガール
光文社発行の「J・J」のコンセプトに合った女の子を差します。今や、「ごく普通の女子大生」が見る雑誌に成り下がりました。

79●キサナドゥ
六本木三丁目にある若者好きのディスコ。フライデーと同じ系列で、二十歳前後のJ・J少女、ポパイ少年に人気があります。入場料が安く、その上、客の回転率が極めて悪いことから、人気の程には収益があがっていないという、業界関係者のご発言もあります。

317●ベル・コモンズ
青山三丁目の交差点にある、ファッション・ビル。大学一年生の頃には、すごくいいお店ばかり入っていると思ってしまうんです。

110●ハマトラ
ヨコハマ・トラッドの略。早苗の服装は、その代表的な着こなしのひとつ。ふくぞーのトレーナー、キタムラのバッグ、チャーリーのくつも、ハマトラの基本的ワードローブ。この箇所の服装は、自由が丘のチャ・チャや原宿のマーシー・マーシーといったショップで販売されている商品を思い浮かべていただくとよい。

42●ミハマ 
横浜は元町にあるくつ屋さん。カッター・シューズと呼ばれるカカトがペチャンコな”ペチャぐつ”によって、今や、全国津々浦々のJ・Jガール志望の少女に熱烈人気。

142●女学館
制服が、かわいいな、の東京女学館。別称、館(やかた)。高度経済成長の波に乗って、”物質的アッパーミドル”となれた、個人経営”実業家”のお父様、お母様、熱烈あこがれの女子校です。

174●駒沢公園
世田谷区と目黒区の境にあるオリンピック公園。近くの住民でもないのに遠路はるばる車でやってきて、目黒住民っぽく遊んでいる人を見ると、哀れさを感じて同情してしまいます。

343●自由が丘
だんだん品がない街になってきてしまいました。でも、吉祥寺と違って、デパートのないのが救いです。

60●女の子たちが「キャーッ」といいそうな、私大
女の子が「キャーッ」という大学といえば、当然港区にある大学。

212●ルイ・ヴィトン
ルイ・ヴィトンのバッグは、バッグ持ちを専属で雇える余裕のある方が、持つべきだとのイメージが、由利にはあるらしい。

117●青山
南青山三丁目に住みたいなんて、ちょっとした人の前では恥ずかしいから、言わない方がいいです。

47●ナイキのスニーカー
早い話が、ナイキ・ラインと呼ばれるライン入りのズックぐつです。

301●松山千春
「地方の時代」ブームに便乗したフォークシンガー。北海道、北海道といいながら、全国を飛び回ってお金持ちになったら、飯倉のあの「ノア・ビル」に自分のレコード会社を持ち、若年寄気取りで人生を説く。父親を自分の会社の役員として迎え、”核家族時代の親孝行”を教えてくれた。

396●アンナ・ミラーズ
肉まん、あんまんの井村屋が、出世しました。ミニ・スカートのウエイトレスに注目‼

67●スキー・ツアー
バスを仕立ててスキー場へ向かい、高級スキー・ウェアに身を包んだ女子学生はプルーク・ボーゲンもできないくせに、いっぱしの顔をして、スキー気分を楽しみます。夜になると、アフター・スキーと称する、ボーイ・ミーツ・ガール的ディスコ・パーティーで、普段は街で女の子に声をかけたこともない少年や、清純そうな少女も”旅の恥はかき捨てなくちゃ”という気分になりやすいツアーのこと。娘を疑うことを知らない昭和ヒトケタの親たちは、アバンチュールを楽しみ、睡眠不足でやつれて帰ってきた娘を見ても、スキー場での食事が悪かったのだろうくらいにしか思わないんです。

この中で特に関心を持ったのが47●ナイキのスニーカー。1980年に、ナイキを履いている人は、履いていたんだね。
私が「ナイキ」というブランド名を知ったのは、それから5、6年後の「エアジョーダン」シリーズ発表以降のことだ。

いずれにしても、時代を見る田中康夫の観察眼は鋭い。

そして、梶井基次郎の「檸檬」のごとく主人公の女子大生に抱かせたぼんやりした不安は、今日の高齢化社会へとつながっているのである。

主人公の女子大生、由利は今年61歳になる。


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