今こそ首都遷都を

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子供の頃は地図少年だった

子供の頃、地図を見ていれば、1日の時間を過ごせた。日本の国の1都1道2府42県(沖縄はまだ返還されていなかった)のすべての位置や形、県庁所在地を覚えた。また、高い山、長い川、大きな湖、大きな半島、人口、人口密度のランキングにも興味を持ち、1位から10位までの名称を全部覚えた。その下地があるから、いまテレビでクイズ番組で「地理」の出題があると、正解率はかなり高い。

私が熱心に地図を見ていた当時、世界は確か119か国で、地球の人口は約35億人ほどであった。世界の国と位置、人口、国旗、そして首都を全部覚えた。

そんなふうに地図を見ているうちに、私はあることに気がついた。例えば、ブラジルはサンパウロが大きな都市だが、首都はブラジリアだった。オーストラリアはシドニーが大きな都市だが、首都はキャンベラだった。アメリカ合衆国もニューヨークの方が人口が多いのに、首都はワシントンだった。

 必ずしも、一番人口が多い都市が首都であるとは限らないことを知ったとき、私はこの日本も人口の多い東京が首都である必要がないのではないかと子供心に思った。

そして、日本も遷都をすればいいのにと思った。

栃木県那須エリアに新しい首都を

小学生の時から今日まで、平凡な人生を送ってきた。

日本の遷都を都市学的に唱えるような秀でた学者になったわけではないし、首都遷都に関わる世界の文献を読み漁ってきたわけではない。時々、日本の地図を見ながら、東京から首都を移すとしたらどこがいいだろうとあれこれ妄想する普通の男だ。素人頭で考える程度の上っ面の見識しかない者が首都遷都を唱えるのはおこがましいが、ここであえて候補地を言わせてもらう。

十代の頃、私が最初に選んだ候補地は、栃木県那須町周辺だった。どうしてそこが良いと思ったのか、選んだ当時の理由はもう憶えていない。推測すると、おそらく、那須(なす)という名前が気に入ったからだと思う。「那須をナス」とカタカナで表記すると「ナスカ」にも通じて、ロマンあふれる響きになるではないかと思ったからだ。

遷都の方法としては

①国会と行政機関をここに移す。天皇もお移りになっていただく。

②国会と行政機関だけをここに移す。天皇は東京にとどまる。

従来通りの「みやこ」という発想なら、天皇がいらっしゃる場所が首都となり、上記の②なら首都は東京のままである。しかし、新しい時代の遷都は、②の方法でも良いのではないのかと私は思っている。

仙台遷都で真の復興から未来へ

次に、遷都の思いが高まったのは、2011年の東日本大震災のときだった。首都を宮城県仙台市、もしくは、仙台市近郊に移したらどうだろうと考えた。被災地に首都を移すことで復興のスピードを速め、新しい未来型の都市づくりができるのではないのかと思ったからだ。遷都が現実的でなければ、国土交通省でも、復興省でもよいから、行政機関の本省を東北の地に移転できないだろうかと願ったが、願うだけでは叶わない。

 ところで、東京オリンピック・パラリンピック誘致の「売り」は、大地震からの「復興五輪」を世界にアピールすることだった。しかし、いつのまにか「コロナを克服したオリンピック」へと位置づけが変わってきたように思う。東京オリンピック・パラリンピックの延期によって、最初からこじつけのような「復興五輪」という言葉は、完全に隅へ追いやられてしまったようだ。誠に残念である。

首都遷都という国家プロジェクトで日本に希望を

その東京オリンピック・パラリンピックであるが、来年の2021年もどうなるのかわからない。仮に開催されたとしても、日本人は、コロナ騒動以前のように心から喜びを爆発させることはできないだろう。新型コロナとの共存で、日本人の心から希望というものがなくなった。

9月入学という新しい教育サイクルの議論と実現は、問題点は多いが、「新生日本」という意味合いにおいてはひとつの方策であると思う。しかし、人々の心に希望なり、夢なり、未来への期待感を呼び起こすには、首都遷都レベルの大きな国家プロジェクトのでっち上げがほしいものである。

昨今の気候変動により、異常な暑さや雨が、首都東京に襲い掛かるようになった。

この蒸し暑い東京が未来永劫、首都のままで良いのか。

例えば、北海道の苫小牧辺りとか。遷都先の候補地をまず語ることから、日本という国家の未来をそれぞれの人に考えてもらいたいものである。


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